祈ること

イエスは祈るお方イエスは祈るお方

イエスは祈るお方

 イエスご自身がよく祈られました。イエスは洗礼を受けたとき、「祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た。(ルカ3:21~22)」。イエスは「朝早くまだ暗いうちに、起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた(マルコ1:35)」し、「祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた(ルカ6:12)」こともありました。

 イエスは食事をするとき感謝と賛美の祈りを捧げました。裏切られても、最期の晩餐でも賛美と感謝をし、その後「弟子たちと一緒にゲッセマネという所に来て、『わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい。誘惑に陥らないように祈りなさい』と言われた。
 イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血の滴るように地面に落ちた。イエスが祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに戻って御覧になると、彼らは悲しみの果てに眠り込んでいた。イエスは言われた。『なぜ眠っているのか。誘惑に陥らぬよう、起きて祈っていなさい。』」。(マルコ14:32 ルカ22:40,44~46) イエスは、その前にも「気を落とさずに絶えず祈らなければならない」ことを弟子たちに教えました。(ルカ18:1)

 二人の犯罪人と一緒に十字架に付けられたとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです(ルカ23:34)」と。十字架上で、三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である(マタイ27:46)」。最期に「イエスは大声で叫ばれた。『父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。』こう言って息を引き取られた(ルカ23:46)。」

 イエスは祈るお方でした。イエスは人のためにも祈りました。「そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れて来た(マタイ19:13)」。「イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子たちは共にいた(ルカ9:18)」。そしてある日、「イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた(ルカ9:28~29)」こともありました。

 よく祈られたイエスの姿は弟子たちにとって印象的でした。それでイエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と言った。
 そこで、イエスは「主イエスの祈り」と言われた祈りを弟子たちに教えてくださいました。(ルカ11:1~4)。

 イエス「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました(ヘブル5:7)」。

 イエスは今もわたしたちのために祈っています。「イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります(ヘブル7:24~25)」。

日付: 2011年04月10日

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