黙想会の感想黙想会の感想

鹿児島 黙想会の感想 2018年5月

 黙想の感想を書く前に、目を閉じ出てくる言葉を書いてみた。
 余裕、イエスは小間使いではない、不思議がる心、味わうこと、多様性・・・が、出てきた。まず、余裕のない私がいて、いつも朝、夕の祈りの中に「主よ」と、頼み事ばかりしている私。
 不思議がる心は、娘のことを思い出した。彼女は、勉強するかたわら「不思議、どうしてこうなんだろう」と、よく言っている。それを思い出した。
 色々な事に意味があり味わうことの大切さ、人は皆同じではなく、色々な考えや行動の中で生きていく。理解に苦しみ、つい関係を断ちたくなる時がある。しかし多様性を生きるために、理解しようとする心が必要なんだと感じた。
 私はまず、私の生き方の中にその日の生きる目標を持ち、毎日の出来事を味わいたい。
 今まで生活の中で、聖書を開く事もあまりなく過ごしてきた。しかし、聖言葉を味わいたいと願い、私はどの様に私自身が変わっていくのか楽しみになってきた。
 久しぶりのキッペス神父様の黙想会に参加でき、味わいを知る事ができた。
 有り難うございます。
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 “ 私は、道、真理、命である” 私は、あなたがたを友と呼ぶと、数日前のミサの中で語って下さったイエスの御言葉を思い出した。
 聴くことの大切さ、寄り添うことの大切さ。うなずくこと、また私にとって目の前のあなたは大切な人と、心から相手に伝えること。五感、聖霊の力を借りて、自然の中に移り変わってゆく様子の中に、一瞬一瞬を大切に受け取り、生かして生きる。
 まず、自分自身に目を向け、自分を理解できること。私が私になるために、成長し共に生きることができる私になるために、目の前の人を生かし、また生かせてもらえる よい関係よい出会い、よきサマリア人となる事、そのためには自分自身を育て、また育ててもらうこと。
 すべてに感謝!! いつも喜んでいなさい、たえず祈りなさい、すべてのことに感謝しなさい。
 PS: 今日も御聖堂に、レヒナ神父様をみつけることができました。
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 悪魔を意識して区別する。楽にならないことに意味がある。
 目の前の人は、神に創られた人。目標と手段を区別する。信仰の目的は永遠に生きる事。相手に生かす言葉を伝える。これらの事が、心に何かを感じた言葉でした。たぶん今の自分の課題だと思います。そして、どれも毎日に生かせる事であるのが、日々の希望であり元気が出ます。一つ一つを、日々に活かす努力を続けていきます。
 キッペス先生が伝えてくださることは、日々を幸せにする道へ通じる言葉です。改めて、書きながら感謝の気持ちが湧いてきます。
 キッペス先生、毎回有り難うございます。
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 ひさしぶりの参加に、今まで何回か一緒に学んだ方々と、親しく勉強させてもらい、嬉しい黙想会でした。
 イエズスの多様性に驚かされ、唯一の自分を認め育むことは生涯のテーマです。神秘を味わい責任のある自分になれるように励みたいです。
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 これまで黙想会で、ご一緒されたお二人の方が旅たたれる。
 「イエスは友」に、死とは移り変わることであり、消滅ではないと、死のとらえ方の考察を、キッペス先生が書かれていた。先に旅たたれた方々の最後の言葉や、静かに旅立ちを受け入れ生きられたことに、教えられることも多かった。
 黙想会では、これらのことと、存在の受取り方を意識的に心のセンサーを働かせて、メッセージを受け取ることができる様、ご一緒させて戴いた。
 ありがとうございました。
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 とても豊かな時間を共に過ごさせて頂いて、ありがとうございました。
 黙想会のはじめに、「生きる目標をみつける」という話をしていただいて、黙想会の間ずっと考えていました。静かな時間の中で、パッと思い浮かんだのが「奉仕」という言葉でした。
 家族に対しての奉仕、病気の人への奉仕、その時に出逢った人を大切にして、本当の意味で、相手のためになることを考えながら、生きていきたいと思いました。
 本当に、ありがとうございました。

日付: 2018年06月05日

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