黙想会の感想黙想会の感想

東京 黙想会の感想 2017年12月

「イエスとの関係」 東京黙想会
東村山 祈りの家 2017年12月1日(金)~ 3日(日)

感想


黙想会に出席する前に、まず、出席する理由を考えた。
① 日々の生活を整えるため → 日々の忙しさのために、自分の中心を見失わないため。
② 好き嫌いでなく、合理性でもなく、霊的なものの見方や、判断をする基本をつくる。
この課題を終了した後、どう生きるかは、また、家に帰ってから考えます。
たくさんの気づきや提案ありがとうございました。(N. I.)
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沈黙の言葉を聴かせていただいた黙想会でした。
ヨハネの福音の最初にある“始めにことばがあった”のことばは、今私達が使っている言葉ではない。
聖ひつの中におられるイエズス、私達が祈っている時、イエズスの返事は、言葉ではなく沈黙です。
沈黙の中にイエズスのみことばが語られている。静けさの中で語られている、聴く耳、心を育てて下さい。との想いがつのりました。
キッペス神父様に出会って、20年近い月日が経ちますが、年齢や病気、困難にチャレンジ、チェンジ、チャンス、の精神で歩まれる姿に、イエスの弟子としての姿勢を見ました。(N. H.)
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今回のときは、すべてに感謝を覚えています。
参加したメンバーの心が合わさったこと。
新しく加わったメンバーによって、さらに新しい発見があったこと。
それぞれの個性そのものが生きて共に分かち合えたこと。
キッペス先生の話して下さった一つひとつが「こういうことだ」と確認できましたこと。
キッペス先生の生き方、姿は、イエスと共に歩んでいる方として、私のイエスとの関係を深くするための導きと感じています。
このときに、このように、私の心を満たして下さった、御父、イエス、聖霊に感謝。(E. N.)
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ここ数年様々な黙想会に参加してきましたが、やはり、キッペス神先生の言葉が一番深く染み入ります。
聖職者の言葉は丁寧で、きれいなものが多いですが、今一つピンとくるものが少なく物足りないことばかりでモヤモヤするばかりでした。
今回は、心に響くものばかりで、ハードでしたが、来てよかったと何度も思いました、これだけメモを取ったのは久ぶりです。
また次回楽しみにしています。(T. A.)
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ポジティヴに生きる。とてもシンプルな言葉であるが、人生における様々な局面で、自分のエネルギーが低下しきって、どん底にいるような時には、むずかしい。
私は、カオスと苦しみの中に在り、様々人生の困難のうちで、初体験をして、すっかり打ちのめされていました。
今まで言葉で知っていても、自分の深い部分まで届かなかった言葉がたくさん。
イエスの言葉、右のほほを打たれたら、左のほほも差し出しなさい。
そのような言葉も、たましいのの中に刻みこまれていたわけではない。
キッペス神父様のお言葉が、とても深く浸みとおって、
“キリスト者としての信念を持つこと”
“そして、その信念のもとに、戦わず、争わず、全てを捧げること”
“イエスのように生きること”
それをあきらめない。
ポジティヴになれなくとも、イエスのようになれなくとも、それをあきらめない希望を持つことが出来ました。
ありがとうございました。(K. O.)

日付: 2018年02月27日

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