毎月の黙想毎月の黙想

自分のガイド 毎月の黙想 2017年12月

自分のガイド


 ある日曜の夜、疲れてやっとベッドに横になったが、思いがけなくよく寝られた。翌朝、軽い体操やシャワーをしてから散歩に出かけた。外はまだ暗く、雨模様だったので傘を持った。隣のアパートの一人と心地のよい挨拶を交わし散歩した。その途中だれにも合わなかった。だが、自分の中では、他者に対するネガティブな考えが次々に出てきた。昨日、ゆっくりと過ごせた一日であったのに!無防備なさまを感じた!前日の日曜日の聖書朗読から、自分の“今週のガイドライン”として「主の道を整え」を選んだにもかかわらず!
 自己の内面的な闘いになった。”一体、だれが/何がわたしの内で指導しようとするのだろうか。わたしが望まない内面的な状態、自分の意識になかった考えはどこから来るのか?自分はまるで無防備だ!そのとき、「主の道を整え」とは自分の中から始まることが分かった。散歩から帰り、いつもの通り一時間の瞑想をした。自分の内心を司る支配者はやはり自分ではなく、他の存在によるものではないかと追求した。すなわち、自分ができることは何か? それは、自己ができることとそうでないことを弁えること。
 自分が支配できないことは自分の責任にしないこと、そのことに対するコツを身に付けること
 例えば、
 雨は自他に対して何も司れないことを教え、言わば教訓を与えてくれる/傘で雨から自分を守ることを工夫する/自然による雨に対してありのままに冷静さを持ち続ける訓練をする/雨が降ることを変えられない状況へのうめきはエネルギーを無駄扱いする。

12月は自己内面的な整理のチャンス

 12月は自己の内面性を整理し、グレードアップするよい機会になる。すなわち、
・6日:聖ニコラオス(サンタ)の祝いに習って、聖人が困った人に手をさし伸べたことを意識する。自分自身が直接できなくても、人間同士としての状況を意識し、自己の日々の不平を減らすこと。
・8日:日本がハワイの真珠湾を攻撃した記念日。自分の祖先のこの行為は、武器によっては国と国が共に生きられないことを思い出し、困難であっても世界の平和の実現に全力を尽くし、この信念を失わないように努力すること。戦争は平和をもたらさない破壊行為である。日本の平和を願う憲法は世界が共に生きられる日が来るための心の声、言わばスピリチュアルな叫びである。
・23日:天皇陛下の誕生日。天皇の謙遜な、人間味のある人柄に感謝し、ご自分の限界を認めての歴史的な退位の希望を出されたこと。ご自分はオールマイティ(全知全能の神に等しいもの)almightyではないことを自発的に宣言されたこと。今回のことによって、恐らくご自分の誕生日は祭日として行われることになるであろう。天皇陛下は歴史や伝統は規範なのではなく、変化が可能であるという教訓を与えてくださった恩人でもある。
・24日の晩から、イエス・キリストの“誕生日の記念”が行われる。(ユダヤ人にとって新しい日は前日の夕暮れから始まる。)現代の「イエスの誕生日の記念」は“サンタの記念”になり、プレゼント交換や共にケーキを囲んで楽しむひとときになっている。だが、困っている人を相手にし、その生き方が少しでも人間らしくなれるように協力する努力は中心課題なのではないだろうか?「イエスの誕生日の記念」は、私にとってまず心のグレードアップの唯一の機会だ。
・30~31日:不要なものからの解放。物質的なものからの解放と同様に、24日の心のグレードアップによる解放をもって新しい年=生き方への第一歩になり得る。より良い心の自分!

現代の世界とクリスマス

 イエスは親の住む家では生まれなかった。その理由はローマ皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出たので両親親は登録するために自分の町(ベトレヘム)へ旅立った。そのときマリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。*1
 現代、さまざまな国家では特定の人種(民族)、肌の色によって、あるいは宗教の信奉者followerでない場合、自国から強制的に追放している。2016年においては、自由に生活を生きられない人々は 以下のとおりであるとUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が述べている
・65,600,000人 世界中で強制的に自分の国から追い出された人々*2
・22,500,000人 難民
・10,000,000人 不法移民
・189,000人 新しい国に迎え入れられた定住者 resettled *3
 イエスの誕生と言わばその後のエジプトへの難民体験は、益々エスカレートしているようだ。これは人類(人間)の内面的な発展といえるのか?

本物の人間としての心の豊かさ

 イエスが生まれた時、当時は尊敬されていなかった羊飼いに天使が現れ、イエスの誕生を知らせ、「ベトレヘムに行きなさい」というメッセージを受けた彼らはそれに従って行動した。それは貧しくて、軽蔑された人間同士の心の豊かさの現れ!同様な状況(状態)を体験している人々の心!
 この国の今年のクリスマスに、この町の一人暮らしや困っている人、地震や津波の避難者の相手になれば!?心のボランティアの出番!「この惨めな状況にいる人間同士を忘れないで、それを少しでも意識し、相手になったらどうか」という心、言わば“天使”の声を聞き、それに最小限でも従うチャンスだ!心を生かせる機会!

年末は心のリハビリ

 11月よりイエス(サンタ?)の記念の中心は「心」ではなく物質的な事柄の一環になっているようだ。だがクリスマスは「心」の祝いだ。イエスは心のグレードアップの道へのガイドマンである。人間は「物」を次々に上手に、便利に造れる。例えば“スマフォ”、“ロボットの自動車”。だが「心」は?
 アメリカと北朝鮮の関係、イスラエルとパレスチナ、アラビア半島とイラン、イエメンやソマリア、シリアやイラク、スーダンやエジプトなどでの戦闘の継続は物質では解決できないだろう。中心課題は互いに人間同士として認め、共に生きることに協力し続ける行為であろう。12月は心のある人になるようにさまざまな刺激を与える。12月は「内面的な宝ものを探す」月である。

以上の事は、私にとっても年末の大事な課題です!

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1: ルカ2:1-7
2: Forcibly displaced people worldwide
3: UNHCR The UN Refugee Agency 2016年

日付: 2017年12月13日

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私の思い(5件)

私は朝目覚めると、よくネガティブな気持ちにとらわれます。
今日やるべき仕事が億劫になったり、他者との関係で拘っていることが、目覚めと共に息を吹き返すのです。そして自己嫌悪に陥りがちになりますが・・・。そこで踏ん張って、何もかも未熟な自分のせいにするのは傲慢だ、成長の為の試練だ、新たなスタートと思い直しますが、このことの連続は苦しく、「自分が支配できないことは自分の責任にしないこと、そのことに対するコツを身につけること」の箇所からは慰めを得られます。
               A.F

藤井昭子(2017年12月19日 17:11)

12月も下旬になり新しい2018年が開けようとしていますが、世の中では談合隠しや、巨額な詐欺事件や、2名の死刑執行や神様から頂いた頭脳明晰な人々の中には悪を働き又悪を犯した人々へは死をもって裁き等、心が豊かになるような出来事は見えずですが、心の温かさ豊かさは人々から頂くのを待つのではなく、むしろ自分の頂いている経済力や健康や等で周りの方々へ微笑み動き寄り添いながら気が付いた愛を生き、自分は勿論、周りの方々とも心を温め、幼きイエス様をお迎えしたいと思っています。自分の心の豊かさは小さくても自然に周りに広がっていくのではないかと思っています。

T,S(2017年12月21日 13:29)

”自分の内心を司る支配者”は他から・・・との言葉は、
日々の雑多な事柄の中に埋没している自分を見出しています。
 何によって生き、何に動かされているのか意識して生きる必要があると感じさせて戴きました。

yoshie ono(2017年12月24日 15:28)

年末の銀行で、送金のため行員の説明に従って記入していました。
3度目の記入前、2度の失敗した用紙を破りながら、突然怒りが湧いてきました。怒りは予期しなかったこと。:私は今怒っている。何に対して?相手のせい?
相手との関わりで、相手の声・語りの調子・雰囲気(相手から来る気配)
言葉にならない相手の声・音・気・呼吸・息使い、に反応している自分。
行員の態度に、私はモノとして扱われた、ものとしての存在であったと感じました。このことへの反発だったと思います。
無意識に、無防備に表れた内なる自分を感じました。
相手との関係は、意識言葉を超えて、自分の五感によって感じ取る全てを含み、命の今、私の魂によって感じ、生きている、生かされている。
このとき、「イエスとの関係は」?良く分からない・・・です。

上坂佑子(2018年01月06日 16:32)

「毎月、キッペス神父様の(イエスは友)を拝見していました。12月初めに三位一体修道院での黙想会により、み言葉を分かち合い、平安な状態で、それぞれの家路と別れました。
数日経って、気が付いてみると、内面の浮き沈みが一日のうちにも繰り返しおこったり、気が付いてみると、一つの考えに凝り固まっている自分の内面の状況に気づきました。何だか、内面が暗くなっている…省がないないあとつぶやいていました。
今回(イエスは友)に、「自分のガイド」「自分の内面の無防備なさまを感じた。」と書かれていたので、興味を引きました。「主の道を整え」とは自分の中から始まること。
自分の内面を司るは、自分ではなく他の存在によるものではないか。自分が支配できないことには、責任を感じないこと、そのことに対するコツを身に着けること等、自分の内面の靄を切り替えるきっかけになりました。また、「12月は自己内面的なチャンス」記念日を新たな目で捉えました。「30~31日:不要なものからの解放、物質的なものからの解放と同様に、新しい年=生き方への第一歩に成り得る」が心に届きました。
 ありがとうございました。

N. H.(2018年01月29日 14:38)




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