毎月の黙想
ネバーギブアップ、絶対にあきらめない 8月の黙想
ネバーギブアップ、絶対にあきらめない
-自己体験に基づいた信念・信条 対 教えられた信念・信条-
ゲームはやり直すことができても、ゲームの結果は変えられない。気晴らしやレクリエーションとしてのトランプやビデオゲームであればその結果は人生に強いインパクトを与えないだろうが、甲子園の高校野球やサッカーのワールドカップ(W杯)の決勝戦であればその人の人生に影響を与えることもあり得る。というのはそのときの決勝戦はやり直しのできない一回限りのイベントだからである。
先月、サッカーの女子ワールドカップ(W杯)はそのひとつ、やり直すことのできない試合であった。この大会に参加できた16チームの中で、日本代表「なでしこジャパン」は世界ランク4位だったが、初優勝し、世界一になった。一番目のラウンドは2勝1負で次のノックアウトラウンド(準々決勝)に進んだ。次の試合で負ければ大会から退場、ベストフォーに残れない。この試合の前、全員は被災地のビデオ映像をみた。被災者の生き方は選手たちに希望、力を与えたという。準々決勝でドイツを1:0、準決勝は0:1から3:1としスウェーデンを破った。決勝戦で0:1、1:1、1:2、2:2に進み、PK戦で初めて点数をリードし、いわば逆転優勝した。決勝戦での返し点で選手たちは互いに「あきらめないで」と励まし合ったという。これは「ネバーギブアップ、絶対にあきらめない」という思考が成功に導かれた生きた体験である。

「ネバーギブアップ、絶対にあきらめない」という思考は、ある人にとって期待した人生を180度変えられてしまった辛い、やり直しのできない出来事によって生じてくることもある。「連続児童殺傷事件」 。いわば悪によって唯一の宝である10歳の娘彩花さんを失った山下京子さんは言う。「私は、人生を凝縮したようなこの年月で『本当の幸せ』とは何かということを学んだ気がします。本当の幸せはどこか遠くにあるものではなく、ましてやだれかが与えてくれるものでもありません。人生の荒波にもまれたとき、たとえ倒れたとしても再び立ち上がり、あきらめずに前に向かって歩き続ける命の中に『本当の幸せ』は存在するものではないかと思います。
また、生き詰まることが不幸なのではなく、行き詰まりに負けることが不幸なのだということも学びました。それを教えてくれたのは二人の愛しい子供たちであり、数々の苦しい体験でした。
苦しい経験をしてもあきらめなかったからこそ、私たち家族は、それぞれが自分の生きる意味や存在価値を取り戻すことができたのだと自負しています。」
山下さんの「あきらめない」思考というよりも信念は、厳しい人生のやり直しのできない悪の出来事によって形成された、いわば独学のものである。こうした信念は優勝や望まれた成功に結びついたものよりもゆるぐことのない、根強いものであろう。
震災で被害を受けたある人は「何のためにがんばればいいのか」と気のない声で言った。毎日の厳しい繰り返しの中で人生の生きる意味を見出せない人をはじめとして、長い年月をかけて日々の暮らしができるように努力してきた被災者に、再出発する気力は簡単には生じてこない。震災の物質的な事柄よりも震災による内面的な回復、リニューアルのために立ち上がるのは困難に思え、失望的な気分を起こさせるのである。先月末、東京の山手線の電光掲示板には何回も「人身事故」による電車の遅延案内が流れた。そのアナウンスは人(人生)の災いや尊さに対してではなく、「行く先への不便さ」「スケジュール通りではない不便さ」を目的にしているように思えた。わたしにとってはこの「人身事故」は「(人生、生きることを)あきらめた」という叫び声である。
8月は広島や長崎の原爆記念日を盛大に行うことが習慣になっている。今年度は考え方を見直してほしい。広島と長崎で非情な、人間が創造した悪を行いながら、もう何十年間も原発の問題を無視してきたことを反省する時期ではないかと叫びたいからだ。というのは広島に落ちた爆弾「リトルボーイ」に使用されたのはウラン、長崎の爆弾「ファットマン」に使用されたのはプルトニウムであった。現在日本で危険になっている原発の問題は「『メルトダウン』による被害。もしも、浜岡原発で放射能漏れ事故が発生した場合、その規模はどのくらいになるのだろうか。浜岡原発では、1機につき1年間に約1トンのウランを燃やしている。それを考えると、1機につき、格納容器内に広島型原爆の1,000倍の『死の灰』が詰まっていることになる。となると、数機が連鎖的に爆発する事態になったとしたら、その「死の灰」の量が膨大なものになることは想像に難くない。
さらに問題は、原子炉から『死の灰』が外に漏れた場合、『高濃度の放射能』が大気の流れに乗って静岡から3,000万の人口を抱えた首都圏へと向かう可能性が大きいということである。」
わたし個人は上述した危険について真剣に考えなかったというより、意識にのぼらなかったのは事実であり、反省している。仕方がないというのではなく、今できることを考えている。それは節電だけではない。夏の暑さの意味(ただ今室内は32度、湿度は65%、エアコンがあっても使用しない)。
苦しみの意味(例:悪意)。人生の挫折(例:自分自身が理想的でないこと、統合されていないこと)などからも逃げずにそれを認め、勇気をもってそれを積極的に関わりながら生き続けることである。
人生はやり直せるゲームではなく、一回だけの決勝戦ともいえる厳しい現実である。それを生きるには「ネバーギブアップ、絶対にあきらめない」の思考が役に立とう。再び山下さんのことばを言い添えよう。
「耐えがたい現実の中で、心が疲れてしまわれた方々、まだまだ悲しみと苦悩の真っただ中におられる方々へ
『闇が深ければ深いほど暁は近い。どんな暗闇でも自分の中に希望という太陽を昇らせることはできる』という言葉と、
『何度倒れても、人間には起き上がる底力があることを信じてください』」。
(山下京子さんのe-mailより2011年7月26日付)
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1: 1997年神戸
2: NPO臨床パストラル教育研究センター 2011年度全国大会講演よりの抜粋
3: http://cosmo-world.seesaa.net/article/190199788.html 日本人は知ってはいけない。ないしょの話。
私の思い(1件)
「ネバーギブアップ」絶対にあきらめない
サッカーの“なでしこジャパン”は苦境におちいってもあきらめない、とみんなで励ましあい勝利にみちびきました。
今月の黙想はまた考えさせられました。暑さに負けそうになったり、自分に負けそうになったりしている私に強い刺激を頂きました。また新しい元気を頂きました。考える課題を毎月頂き感謝しています。仲間とあきらめずに進みましょう、と声かけあう事でまた前に進む事が出来ます。一人では弱い事も仲間がいて共感したり励ましあったり出来ることは幸せであり希望だと思います。私は体験からこのように思います。
何かが起こった時、その時その時、自分の行き方を見定め、あきらめずに歩く事でかならず大いなる力が働いて下さると信じています。東北の震災で被害を受けた方々にもどんなにか大変なことかと思いますが、あきらめずに一緒に歩きましょうと毎日祈りを捧げています。
山下さんの言葉「闇が深ければ深いほど暁は近い。どんな暗やみでも自分の中に希望という太陽を昇らせることは出来る」「何度倒れても人間には起き上がる底力があることを信じてください」体験されたご自分の中から出てきた言葉なので心に強く伝わってきました。苦境におちいった時この言葉を思い出し、御父・イエス・聖霊に向かって歩くことが出来るよう祈りたいと思います。
神父様が暑さの中、汗を流しながらこの毎月の黙想を書いて下さっていること心から感謝しています。受け取らせて頂いたことばを生きたいと思っています。ありがとうございました。(I.S.)
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