司祭になって(叙階)50周年司祭になって(叙階)50周年

司祭になって(叙階)50周年 vol.4

Fr. Kippes 同行記
“「使命感」とその根底にあるもの”

三橋 理江子


 今回の私たちの旅でベルリン郊外の「ポツダム記念館」に行くことは予期していなかった。現在のポツダムはサンスーシ宮殿に程近く、庭園とプチホテルによって華やかな観光地である。中高年の日本人の姿をどこよりも多く見かけた。
 自らの乏しい知識を補うため、敗戦までのドイツ、日本、同盟国の動きを追ってみた。
 どの国にもおぞましい歴史がある。日本には中国での731部隊の人体実験、1910年から45年までの韓国統治、従軍慰安婦や強制労働者の存在(私自身は強制されてきた人と仕事を求めてきた人と両方存在すると考えている)、中国や太平洋地域の植民地支配などである。最近の調査では「南京大虐殺」は捏造だということがはっきりしている。
 ドイツではヒットラーが代表するナチスドイツとホロコースト。
しかし、前述の同盟国側の代表者のこれ程の殺意と良心の無さを見せつけられると人類の罪の深さに愕然としてしまう。しかし、闇が深ければ光も輝く。
 この暗黒の時代にあって、光と成りえた人々は決して少なくない。
 囚人の身代わりとなって亡くなったコルベ神父。
 自分の危険も省みず"ユダヤ人を助けた人"や正義のために戦った人は数多い。
 「ヤバ・ドシャム賞:諸国民の中の正義の人賞」(注:イスラエル政府からおおくのユダヤ人を救った功績で与えられる。)をもらった杉原千畝やアルフレッド・ロスナー、ナチス兵士でユダヤ人を助けたバテル、映画になったクラコフのシンドラーなどがいるが、ユダヤ人をかくまい、逃げるのを助けた勇気ある人々が1万3,000人から2万人いたと言われている。その中には400人のドイツ人が含まれているのは事実である。
 終戦から60年経った現在でも教会の中はもちろん、街中でもホロコーストの事実を展示したり、新たに記念館や記念の場所を設置している。今回、ベルリン周辺を案内してくれたシュエーダーさんは「忘れない」ようにするためだと言う。人それぞれでもあるが若い世代はどうなのだろうか。
 きっとその意義を理解し「忘れない」ようにするに違いない。
旅の最後にキッペス神父は「イエス様の記念があちこちにありますよ」と言われた。

photo01.jpg
サンスーシー宮殿の庭園

photo02.jpg
お祝いの会で親戚に囲まれて

 教会も十字架も数多い、しかし苦しみを通していのちへと導かれたたくさんの名もない人々の記念を見ることで神の存在を知ることができる。
 苦しみの中にあっても、きっと神がその手をとってくれたのだろうと信じる。
 ドイツ語では「愛する」ことは「苦しむ」と表現するという。
「Ich Kann dich leiden 私はあなたを耐え忍ぶことができる」という。
 相手がとても好きであれば、
 「Ich Kann dich get leiden 私はあなたをよく耐え忍ぶことができる」という。この用語の中には、深い意味が含まれている。愛する人は、羊のようにその毛を刈られるし、最終的に屠られる。深い神秘である。

photo03.jpg
帰途

 この旅に導いてくださった御父、イエズス、聖霊に深く感謝します。
 最後の最後までよき牧者であった、また、あり続けようと努力されたキッペス神父様、よき案内をしてくださったシュウエーダーさん、素晴らしい通訳のアンネさん、「真っ暗なレストラン」につれていってくださったクラウディアさん、各地で私たちの旅を助けてくれた多くの親切な方々、そして必然の友、Iさん、Oさん、Tさん、Nさん、Yさんに心からの感謝を申しあげます。それから、今回も不便を承知で快く旅に出してくれた寛大な夫にも感謝。
 他にも書き記しておきたいことはたくさんあるけれど、この"感謝の旅"の一つひとつがこれからの心の糧となることを神に願いながら旅の締めくくりにしたいと思う。

photo04.jpg


参考文献
岩波ブックレットシリーズ昭和史№8 日本の敗戦 荒井信一
岩波ブックレットシリーズ昭和史№15 年表 昭和史 中村政則編
JESUS IS A FRIEND イエスは友 W.キッペス
ときを生きる イエスのように    W.キッペス
参考資料
ホロコースト教育資料センター 勉強会より     京 利英

日付: 2007年05月10日

戻る

バナー

  • イエスのみことば
  • パワーを合わせよう 共に祈ること 黙想会 電話で祈る会
  • こころのリハビリ 毎月の黙想 新刊・既刊書紹介
  • 祈りのリクエスト